短編 | ナノ


▼ 雨白




白雨っぽい。太陽がモブの女の子と付き合ってる描写あり






「ね、白竜。今日遊びに行っていいよね?」

太陽とは学校こそ違うものの通学路が同じであるためよく電車などで会っていて、会うたび一緒に下校したりしているのだが、太陽は俺の家が余程気に入ったのか以前1回家に入れて以来よく来たがる。そもそも最初だってどしゃ降りの大雨の日に偶然傘もささないで歩いていたこいつを見かけたから入れてあげただけであって。

「そんなに楽しいか俺の家…何もないと思うが」
「楽しいよ!おっきいしベッドふかふかだしいつもケーキあるし。あんな家で一人暮らしなんて白竜はすごいよ」
「別に…しかもケーキはたまにしか買ってこないんだ!なのにお前が食べるからいつも俺の分が無くなるんだ…」
「あれそうだったの?ごめんー!」

全然悪いとは思ってない顔で平謝りをしたあとまた家に遊びに行っていいかと問う。根負けした俺はつい了承してしまった。



俺の家に着くと太陽は当たり前かのようにジャケットをハンガーにかけてぼふ、と音を立ててソファに陣取りテレビの電源を入れた。おまえの家じゃないんだぞここは。
惚れた弱みという物だろう、やはり何も言えないのだが。

「なんか一緒に住んでるみたいだねー」
「はぁ?」

思わずトレーに入ってる飲み物を落としそうになった。ソファに座る太陽の隣に少し距離を置いて腰掛けて飲み物をテーブルに置いたあと太陽の頭を軽くトレーで叩いた。

「馬鹿かお前は」
「痛いよぉーだって毎日同じ家に帰ってるんだよ?これはもう同居してる恋び…痛い!!」
「お前もう黙れ」

あまりにも飄々と恥ずかしい事をいうので思わず赤面してしまっていることが顔の熱さでわかった。誤魔化すように顔を片手で覆い、ソファを立ってもう一度こいつの頭をぶん殴った。

「いったー!DVはいけないんだよ」
「誰がDVだ」
「だってさぁ、白竜一人暮らしだし居心地いいしつい来たくなっちゃうんだよね」
「…それは別にいいがお前、彼女いるだろう」

太陽には一ヶ月前から付き合っている彼女がいる。向こうから告白されたらしい。

「まあね。でも虫よけみたいなものだし。男女問わず僕モテちゃうからさ」

さらっと言ってのけるこいつに内心少しときめいてしまった自分を呪いたい。表情では軽蔑したような表情を浮かべたつもりなのだがうまくできているだろうか。
それと同時にこんな簡単に誰とでも付き合うような軽薄な奴を何故好きになったのだろうと溜息が出る。こんなのは虚しいだけだ。俺の気持ちもきっとこんなふうに軽く扱われるだけだというのに。

「まあそんな顔しないでよ。白竜のことも大好きだよ僕!」
「あぁ、はいはい。もうわかった。」
「酷いなぁ冷たいよ。あ、そうだ!白竜は好きな人いないの?」
「え、」

お前だ、なんて言えるはずもなく口ごもる。必死に落ち着こうと無表情を貫く。その反応に目を丸くした太陽は明るい声であ、もしかして!と。

「もしかして白竜の好きな人って僕?」

思考回路が停止する。だがここで悟られてはいけない。今の関係を崩したくない。気持ち悪がられたくない。
そう思って必死に平静を取り繕った。

「そんなわけないだろう。大体俺はノーマルだ。今は好きな人はいないがタイプは菜花みたいな子だ。それに男なら間違ってもお前のような軽薄な奴は好きにはならない。お前も少しは剣城のような…って、なっ、」

動揺しながらも言葉を連ねていると急に視界がぐらりとした。俺の前には不機嫌そうな太陽のドアップの顔と、背景には白い天井。ソファに押し倒されたのだと悟るのに時間がかかった。

「何をしているんだ太陽」
「…気に入らない」
「は…?」

そんなに自分がタイプではないと言われたことが気に入らなかったのか。こいつはすべての人間の目が自分に向いていないと気が済まないのか?

「…退け」
「やだ。どかない」
「なっ!ん、」
「そんなに僕のことが嫌いなんて思わなかったよ白竜。そんなに抵抗するなんて。君は思えばいつも二言目には剣城くん、剣城くん、って言ってるよね…」
「何を言ってるんだおま、…!?」

口元に柔らかい感触。キスをされたのだと知ると同時にぶわ、と顔が熱くなる。間髪入れずに舌まで入ってきて、口内を貪られる。背中が言い知れない快感にぞくりと震えた。

「んぅ、ん、ふぅ、んん…!」

もうやめてくれ、と言わんばかりに太陽の肩を押す。もうキャパオーバーだ。すると太陽は素直に口を離してくれた。

「ふは、はぁ、はぁっ…は…たいよ、なに、」
「……あ、ご、め…ごめん!僕、こんな、」

太陽が恐る恐る俺の顔に触れ、目元を拭った。そこで初めて自分が涙を流していることに気付く。

「いい、別に大丈夫だ…」
「っほんとごめん…僕今日は帰るよ…」

いそいそと荷物を纏め出す太陽を引き留めることはしなかった。俺も頭の中が混乱していて、ただボーっと、太陽が家から出ていくのを見つめるだけだった。




あれから太陽が家に来ることは無くなり、それを残念に思うのと同時に、安心している自分もいた。あんなことがあって次の日どんな顔をして会えばいいのかわからなかったし、太陽が何を考えているのかもわからない。太陽と鉢合わせしないように、わざと登下校の時間をずらしたり、道を変えたりした。

しばらくすれば元通りに前のように戻れると思っていたのだが、太陽とはパッタリ合わなくなり、すっかり連絡が途切れてしまった。会いたい、そう思っても電話番号はおろかメアドもわからないので、連絡するなんてことは出来なかった。こちらから会いにいくなんて勇気のいることも出来るはずが無かった。

それからどれくらい経っただろうか、久しぶりに大雨が降った。昨日のニュースで降水確率90%と言っていて、ああ、あの日の天気のようだな、と思い出した。思えばなんであの時太陽は傘もささずに雨に濡れて空を見ていたのだろう。あんなに、悲しそうに。

今日は雨で部活の練習が中止になったので家でゆっくりすることにした。それなのに、運悪くリビングの電球が切れてしまった。予備があったはずだと思いあらゆる場所を探してみたのだがどこにも見当たらず、どうやら使い切ってしまったらしい。面倒だが買いに行くしかない。
この天気で外出するのはなかなかに気がすすまない。でも暗いと色々不便だ。重い腰を上げ、ブルーの傘を手に取り家を出た。

大粒の雨が傘を叩いて騒がしい。考えてみればまだ10時頃なのだから夕方に買いに行ってもよかったかもな、と少し後悔した。
ずっと足元ばかりを見て歩いていれば、雨音が強くなり、ふと顔を上げる。すると、先程より白んだ視界の前に、懐かしい姿が見えた。

「太、陽?」

あまりにも小さい声は雨の音にかき消されてしまったらしく、目の前の人物はただボーッと突っ立って、空を仰いでいた。

「太陽!お前こんなところで何をしてるんだ!」
「…白竜?」

雨音にかき消され無いように少々怒鳴るように呼び掛ければ、こちらに気付いて振り向く。太陽の目は赤く、泣いていたのだとわかった。その顔に胸が苦しくなってとりあえず傘に無理矢理入れた。

「何があったかは知らんがとりあえず家に行くぞ。」
「…ははは、デジャヴだね」

相当弱っているらしいので本来の目的はとりあえず午後に持ちこすとして、一旦太陽を連れて家に帰ることにした。




「ほら、タオル」
「ん、ありがと」
「それと着替え貸すから風呂入ってこい。お前はただでさえ身体が弱いのにあんな場所で一人で突っ立っているなんて一体お前は何を考えて… 」
「……白竜、」
「な、」

なんだ、と返そうとしても言葉が続けられなかった。奴が後ろからしがみついてきたからだ。

「どうしたんだ、とりあえず離せ。それから話を」
「このまま、聞いて欲しい。多分僕、見せられないくらい酷い顔してるからさ」

その言葉に何も返せず、ただわかった、と了承の言葉を返す。

「僕、白竜のことが好きなんだ」
「……っな」
「ほんとだよ。これは本当。今から話す話は皆ほんとだよ。」
「…」

半ば信じられない言葉に頭が混乱する。そんな俺をよそに太陽は話を進めていった。

「虫除けに女の子と付き合ってたっていうのも本当。でも、どうせ君と付き合えないから、っていうのもあったんだ。」
「……」
「女の子に酷いことをしてるって自覚はあったつもりだったよ。でも、言われたんだ。さっきね、あの場所で付き合ってた女の子に。」

『顔がいいからって何でも許されると思わないで!知ってるのよ貴方が他に好きな人がいるんだって。私と話してても何しててもいつもいつも上の空で…
あなたなんて…あなたみたいな中途半端で病弱な人、誰も本気で好きになってくれるわけないんだから!』

「…!」
「はは、酷いよね、でも何も言い返せなかった。何も間違ってないんだもん。これは僕がしてきたことの罰なんだろうなぁ、って思ったよ。すごく胸が痛くてさ。」

何も言葉をかけてやれない。すると太陽のしがみつく力が強くなった。

「でもさ……本当に僕のことを本気で好きになってくれる人がいないって考えるだけで…」

本気で好きになってくれるやつがいない?ふざけるな。俺が今までどんな思いをしてきたと思ってるんだ
我慢できずに振り向いて太陽を抱き締めた。それはもう、苦しいくらいに。

そして瞑った目から涙が零れ落ちる。それに気付いた太陽が戸惑ったように声をあげた。

「へ、白竜?泣いて…るの?」
「っ俺は…」
「うん」
「多分、お前が俺のこと好きになるずっと前からだ…お前のことを恋愛対象として見る自分に罪悪感を感じて今まで言えなかった。本当に、好きだから、そんなこと言うな」

こぼれ落ちた涙が太陽の肩を濡らす。寒さではない身体の震えを落ち着かせるように太陽が俺の背中をゆっくりたたいた。

「………子供をあやすように扱うな」
「ふふ、ごめん。嬉しいよ白竜…」

ふと身体を離すと目が赤いながらも綺麗に笑う太陽がそこにいて、そっと俺の涙をぬぐった。

「嬉しい、夢みたい、白竜が僕のこと好きだなんて」
「……」

返事をしてやる気にはならなかった。その代わりに涙に濡れた酷い顔で、少しだけ微笑んでやった。






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